神世界新聞

(2010.7.29更新)

神世界新聞 第7号(2010.7.1発行)

神世界新聞第7号(2010.7.1発行)
 これまでの経過からすれば、神世界新聞の第7号は、2010年7月1日付けで発行されている筈だが、7/27になっても、いつもの「御霊光は素晴らしい」というHPには公開されていなかった。神世界側もあまりのバカバカしさに新聞発行を中止したのかと思っていたら、7/28になってやっとアップされた。発行の日付けは7/1となっているので、予定通り発行されていたようで、掲載が遅れたのはこのHPを運用している者の都合だったのだろう。「御霊光は素晴らしい」の作者には私から呼びかけをしているが、未だに連絡はない。
 神世界新聞第7号の内容はいつも通り陳腐なもので、このようにバカげた新聞を作り続ける神経は全くもって理解できないが、批判材料としては使える。
 第7号1面で目を引くのは、びびっと会主・和田美和の改名だ。和田はこれまで「美和」という本名を名乗ってきたが、第7号では「宮和」となっている。和田は数年間、「箕和」と名乗っていたこともあるが、ここに来て再度「宮和」と改名したのは、よほど良くないことがあったのだろう。例えば側近が集団で離脱するなど・・。

 第7号で最も傑作なのは、尾崎幸廣弁護士が書いている「神書紹介」の記事だ。今回は「人間関係について」と題したものを載せているが、そこで尾崎弁護士が述べている内容は神書の記述とは全く違っている。
 尾崎弁護士は、「(神書は)人間関係、その中でもその中核にある家庭の円満を非常に価値の高いものとしている」と述べているが、これは尾崎弁護士が実際には神書などろくに読んでいないことを暴露したものに外ならない。
 尾崎弁護士のために神書の内容を少し紹介すると、神書では、

  • 神様と自分とのつながりを邪魔する存在は自分にとって最大のマイナスを生み出している事になり、そのマイナスが自分の家族であっても何程かけがえのない人間関係であっても、そのつながりはマイナスだから迅速に解消するのが最適である。(124ページ、「順序は快適さの要素 」)

  • 親子・兄弟姉妹・血族・友人といった極親しい人間であっても自分以外の別個の存在であるから、百パーセント理解するとか認識するとか信じるとかは不可能である。(192ページ、「百パーセント信じられるのは自分だけ」)

  • たとえ重病で苦しんでいるのが生まれたばかりの赤ちゃんでも、一番悪いのは一番苦しんでいる赤ちゃんであり、次に悪いのは赤ちゃんの次に苦しんでいる親である。(193ページ、「苦しむ人間が悪い」)

などと、親子や家族であっても理解したり、信じたりすることはできないものであり、自分の利益にならないと判断した場合は迅速に家族関係を解消するのが最適と述べている。これを真に受けて、離婚したり、親子関係が断絶したり、兄弟姉妹が離散した被害者がどれだけの数になるか尾崎弁護士は知っているのか? 「(神書は)家庭の円満を非常に価値の高いものとしている」という尾崎弁護士の主張は的外れも甚だしい。釈迦やキリストの教えに対する批判も一面的で誤ったものである。弁護士として依頼者の弁護に当たるのであれば、もう少しクライアントについて正しい認識を持つべきであるし、発言はもっと慎重であるべきだ。

神世界新聞第7号に掲載された尾崎弁護士の記事

神書紹介 「人間関係について」

 神書が重視するのは、健康、財産とともに人間関係である。これらは幸福の三要素であると言う。
まことに率直平明であり当然のことと思われるが、意外にもこれまでの大宗教はこのことを認めないのである。健康には冷淡であるばかりか、時には健康を害するような荒修業を要求するし、財産は無視するか軽蔑するのが大宗教の基本姿勢である。
特に人間関係については全く尊重しない。釈迦は自分の子供を桎梏〈手かせ足かせ〉と感じ、キリストに至っては、「私は平和をもたらすどころか、家庭に内輪割れをさせるために来た」などと揚言している。
 宗教に起因して家庭不和に陥る例は実に多いのであるが、その理由は、人間本来の素朴な感情を低次元のものとし、神への帰依を高級なものとする既存宗教の考え方にある。  この点、神書は人間関係、その中でもその中核にある家庭の円満を非常に価値の高いものとしている。このことが家族を通じて神世界の教えが広まっている理由であろう。

(弁護士 尾崎幸廣)


 裏面上部に掲載された、「奇跡話」(本人がそう思い込んでいるだけだが)を読むと、この人たちは人間の自然治癒力に対する知識が全くないようだ。人間の体には「免疫力」という素晴らしい能力が備わっており、体内に入った細菌やウィルス、また体内で発生したガン細胞などの異物から身を守ってくれるようになっている。言葉を変えると、人間は自分の体の中に「名医」を生まれながらにして持っているようなものだ。この免疫力は自律神経の働きと密接な係わりを持っており、本人の意思によっても免疫力は大きく変化する。「病は気から」などと言われるのは、ある意味では正しい。
 紙面に登場している者達は、こうした知識が皆無であるため、ちょっとでも病状が良い方向に変化すると、「御霊光のおかげ」と思い込んでしまい、「御礼」の餌食になっているのが痛ましい。

 裏面下部の「法律解説・宗教活動がなぜ」と題する記事は前号からの続きであるが、これを読むと、神世界は組織を統合し、宗教団体として活動することをもくろんでいるようだ。
 日本全国にいる多数の被害者を放置したまま、一体何を目標にして宗教活動を行うつもりなのだろうか。組織体制を改め、再出発するのであれば、その前になすべきことがあるはずだ。責任者が公の場で全ての過ちを認め、被害者に対する謝罪と返金を行い、法の裁きを受けた上で再出発するのであればまだしも、過去の行為にほうかむりをしたままの再出発などあり得ないことだ。





これまでに発行された神世界新聞

新聞名をクリックすると批判記事にリンクします。
新聞画像をクリックすると大きな紙面を表示します。
神世界新聞 創刊号
(2009.08.01発行)
衰退の一途をたどる神世界が、なぜこの時期にこのようにバカげた新聞を発行したのかが謎だったが・・。どうやら神世界は再起を図る計画のようで、この新聞を使って以前の客に対する勧誘を再開させている。
神世界新聞 第2号
(2009.10.01発行)
2面に掲載された写真で、白い着物を着ているのがびっびとのW田M和。他のスタッフなどからは、「W田にはもう霊感はない」と囁かれていることを彼女は知っているのだろうか?
神世界新聞 第3号
(2009.12.01発行)
1面に掲載された「金龍御神体」には笑わせてもらった。教主・S藤Tは文字を書かせても下手だが、画を描かせても小学生レベルであるようだ。神世界のことを全く知らない人にこの画を見せたところ、即座に発した言葉が、「ワッ、下手!」だった。
神世界新聞 第4号
(2010.01.01発行)
前号までは1面の千手観音図に、「教主が描いた・・」とウソのキャプションがつけられていたが、私の批判を受けて4号からはその文言は削除された。裁判で嘘つき体質が暴露されるのを警戒したのか? しかし今さら削除しても遅きに逸していると思うが。
神世界新聞 第5号
(2010.03.01発行)
(有)神世界や教主・S藤Tなどの代理人である、尾崎幸廣弁護士(菊水法律事務所)が神書に関する提灯記事を前号から書いている。書かれている内容は弁護士バッジの品位を低下させるものでしかない。
神世界新聞 第6号
(2010.05.01発行)
創刊号から前号までは1面左上に彼らが”御神体”とする千手観音図を掲載していたが、私の批判を受けて、「これはまずい」と思ったのか6号では千手観音図の掲載を取りやめ、教主が書いた「神」の文字に入れ替えられた。


神世界新聞 第7号
(2010.07.01発行)
第7号で目を引いたのは会主の名前が変わっている点だ。びびっと会主・和田美和の名前が「宮和」に変わっている(まさか誤植ではないだろう)。多くの側近に見放され、改名でもして気分を変えようとしたのか?(笑)。尾崎幸廣弁護士の神書紹介記事も笑える。尾崎弁護士はまともに神書を読んでいないことがバレバレだ。
神世界被害者の新聞批判

神世界新聞に対する批判を随時掲載しています。
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あのサイトに神世界新聞が

 2009年8月中旬、「神世界は新聞を発行したらしい」という話が私のところへ伝えられた。しかし具体的な資料などは何もなく、私としては、「こんな時期に神世界が新たな新聞を発行することなど考えられない」と思い、新聞発行の報告は以前に神世界が発行したチラシ類を見誤ったのではないかと思った。私が「こんな時期」と思った理由は下記5の「なぜこの時期に新聞発行?」に詳しく書いたが、現在の神世界は客が激減し、大半のサロンを閉店せざるを得ない状況となっており、新聞を発行するようなタイミングではないと思ったからだ。
 10月中旬になってから別の方からメールがあり、「以前に会主講話を公開したサイトに神世界新聞がアップされている」と教えてくれた。あの会主講話を公開した「御霊光は素晴らしい」というHPはあれ以来更新される様子はなかったので私はしばらくあのページは見ていなかった。報告を受け、あわててあのサイトを見てみるとそこには神世界新聞がアップされていた。

 上記サイトにはサイト管理者の連絡先などは一切書かれておらず誰が運営しているか不明なので制作者等の了解を得てはいないが、そこからダウンロードさせてもらったのが下記の神世界新聞だ。「御霊光は素晴らしい」のサイトを作っている方がこの記事を見ておられたら、ぜひfujiyaまで連絡をいただきたい。その後、神世界新聞を持っているという人と連絡がつき、大きさなどを確認してもらったところ神世界新聞は上質紙にカラー印刷されており、大きさは273mm×405mmでA3用紙を少し小さくしたサイズとのことだ。インクジェットプリンターやレーザープリンターでパソコンから印刷したものではなく、専門業者の手で製版印刷がなされたと思われる仕上がりで、かなりの部数を作成したと思われるとのことだ。



神世界新聞創刊号(2009.8.1発行)、神世界新聞第2号(2009.10.1)を見て


1、新聞の概要
 ダウンロードした紙面をつぶさに観察してみた。神世界新聞は2009年8月1日に創刊号が発行され、2009年10月1日に第2号が発行されているので隔月で発行する予定のようだ。
 新聞の題字「神世界」は教主(S藤T)が書いたものだということが第2号の記事に書かれている。ある書道家が教主が書いた色紙やライセンスの文字を見て、「小学生が習字で『失敗した』と捨てる程度のもの」と酷評したことがあったが、神世界新聞の題字もその程度の文字であり、お世辞にも誉められるような文字ではない。普通なら新聞の題字に使えるようなものでは到底ないと思われるが、教主周囲の者は誰一人として「王様は裸だ」と言えない連中ばかりなのでこんな恥ずかしい文字が題字として使われることになったのだろう。
 創刊号の執筆者は教主(S藤T)、陽龍(H原Y子)、会主(M入E実)の3名、第2号の執筆者は前記3名の他11名のスタッフや客と思われる者が創刊号を読んだ感想などを述べている。
 この新聞では神世界の実質的トップ・S藤Tに対する呼称として「教主」という呼称が繰り返し使われている。神世界内部では数年前から教主という呼称が禁止され、「神書を書かれた方」と呼ぶように指導されてきたのだが、ここにきて再び「教主」という呼称が復活したようだ。お得意の”神様スピード”が復活したのだろう。
 裏面には神世界が御神体としている千手観音像がほぼ紙面一杯に薄色で印刷されており、その上に文章が印刷されている。ありがたみを増すためにこのような演出をしたのだろうが、御神体の上に文字を印刷するなど甚だしく神を冒涜する行為だ。神世界がやっていることは天皇陛下の写真の上に文字を印刷して出版したのと同じ行為だ。偽りの御神体であればこそ、こうした不謹慎なことが平気でできるのだろう。
 記事の内容は下記にて順次解説するが、一言で言えば”神世界は宗教団体だ”という論調であふれている。これまで散々、「神世界は宗教ではない。会社だ」と言って客の目を欺いてきたことなど太陽系のかなたへ忘れ去ったかのようだ。


2、あきらかな嘘
岡田茂吉が描いた千手観音像が
掲げられている神世界本部神殿
 神世界新聞には創刊号にも第2号にも千手観音像が誇らしげに載せてある。この千手観音像は神世界の御神体とされており、神世界本部(玉川)の神殿にも掲げられている。
 神世界新聞に掲載された千手観音像には、「教主が開教に当たり、全身全霊を込めて描かれた御神体である」ともっともらしい説明がつけられている。
 しかしこれが真っ赤な嘘であることはとっくにバレている。私は1年以上前に武装解除された千手観音と題してこの千手観音像は世界救世教教祖・岡田茂吉が描いたものであることを明らかにしている。このことはその後に公開した、盗作の中でも繰り返し説明している。
 まともな神経の持ち主であればすでにバレている嘘を再びこうして団体機関紙に載せたりするだろうか? 正常な判断力が少しでも残っていれば指摘された内容を検証し真偽を確かめようとするものだ。あの千手観音像の本当の作者が誰であるかはちょっと調べれば簡単に分かることだ。嘘と分かっていることを敢えて新聞に掲載したのは、この嘘がまだ通用する者を対象にして新聞発行が行われたことを意味している。この新聞が外部に出ることは想定しておらず、この新聞はまだ神世界を信じている者を対象に発行されたことが分かる。偽りの千手観音像のすぐ隣に「もっと大勢の人々に神様の啓示を伝えてゆきたいと思っています」というで教主の口上が掲載されているのはブラックユーモアかと思える内容だ。偽りの御神体に宿る神様の啓示など、何のありがたみもない。
 神世界はたくさんの嘘で塗り固められた団体だが、ここまで明白な嘘を平気で団体機関紙に掲載するのは常軌を逸している。巷ではオーストラリア産牛肉を国産牛肉と偽って販売するような食品偽装が相次いだが、この事例は「神世界の著作者偽装」として週刊誌に持ち込めばこれだけで記事になりそうだ。今回は神世界新聞という立派な証拠があるだけに週刊誌の記者も喜ぶだろう。神世界内部ではこれまでも同様の嘘がまかり通っていたが、今回は新聞という形で虚偽の内容が明文化されており、神世界の虚言体質を裏付ける格好の材料が得られたことになる。
神世界新聞トップの大ウソ説明
 神世界にとって最も重要である筈の”御神体(千手観音像)”に嘘がある以上、そこから発せられるとする御霊光などある筈もない。岡田茂吉が描いた千手観音像を「神世界教主が描いた」と偽り、客を誤信させる行為は法的に問題がないのか神世界側弁護士の見解が聞きたいものだ。
 普通の会社ならばここまで明白な嘘を公表しようとする動きがあれば誰かが止めるものだが、神世界にはブレーキをかける者が誰もいないようだ。ここの連中は教主が、「宇宙は地球を中心に回っている」と言えばきっとそれを鵜呑みにするのだろう。教主の周辺にたむろしている者達は正常な判断能力、間違いに対する批判精神など、人として当然持っていなければならない感覚を失っているようだ。そのような状態だからこそ御霊光などというものを信じ続けることができるのだ。


3、神世界の現状
 創刊号の冒頭、「神世界」の発行にあたってと題した文章の中で教主はこう述べている。

時節が到来して、いまここに神世界の方針をあまねく知って貰う必要があると判断し、本紙発行の運びとなったものです。今まで私が神様の啓示を教えとして伝える場合、ほんの数人の人々に伝え、浸透を図って参りましたが、これからは、神意に基づき、本紙を通し、「主」としてもっと大勢の人々に神様の啓示を伝えてゆきたいと思っています。

 教主は言葉の使い方を知らないようだ。「時節到来」というのは自らが努力した結果、取り巻く環境や外的要因が自身にとって良い方向に変化してきたときに使う言葉だ。教主は神世界を取り巻く環境を変えるために今日までどのような努力をしてきたのだ? その結果、神世界の環境、外的要因のどこが良い方向に変化したというのだ?
時節到来とは
蓮如上人御一代記聞書讃解第105条

聞書本文
時節到来といふ事、用心をもしてその上にて事の出来候ふを時節到来とはいふべし。無用心にて出来候ふを時節到来とはいはぬことなり。聴聞を心がけての上の宿善無宿善ともいふ事なり。ただ信心は聞くにきはまることなる由仰せの由に候。

現代語訳
『時節到来』と言う事は、事が成就するように心を砕いた上で得る結果についてのみ『時節到来』と言うべきだと考える。何も努力もせずにたまたま生じた結果について『時節到来』したとは言わないのである。仏法の信心についても、命がけの聴聞をした上で始めて宿善があったとか無かったと言うべきものである。信心は聴聞を重ねることによるしかないと言われる所以である。

  1. 霊感商法詐欺の疑いで警察の強制捜査を受け
  2. 客は激減し
  3. マスコミでは霊感商法と報じられ
  4. インターネット上では神世界の悪行が次々と暴露され
  5. 多くの被害者が返金請求を行い
  6. 神世界側が返金に応じないので損害賠償訴訟まで起こされ
  7. かつては全国各地に100店舗以上あったサロンはその大半が閉店せざるを得ない状態となり
  8. 神世界に関与したとして神奈川県警警視は解雇され
  9. 神世界に関与したとして北大准教授も解雇され
  10. 神世界取締役の家族は若くして癌で亡くなった

 これのどこが「時節到来」なのだ? これが御霊光をたっぷり浴びてきた結果なのか? 現在の神世界は満身創痍の状態であり、神世界に対しては逆風が吹きまくっている。神世界は今や崩壊寸前の状態であり時節到来とはほど遠い状態だ。病院で脳検査を受けた方がいいのではないか?
 教主は勝手に”時節が到来した”と判断したようだが、神世界の現状をどのように分析すればそのような結論に至るのか教えてほしいものだ。常識的に考えれば神世界を取り巻く現状は最悪の状態であり、神世界の問題点を改善することなく新聞など発行してみてもこうして批判の対象にされるか、古紙回収のゴミを増やすだけだ。
 文中、教主は「これからは本紙を通しもっと大勢の人々に神様の啓示を伝えてゆきたい」と抱負を述べているが、「時節が到来」と「大勢の人に・・」を現実的に翻訳すると、「神世界はこのままでは崩壊してしまう。なんとしても金を払ってくれる客がほしい。客集めに使うアイテム(新聞)を作ったので、これを使って客を集めてくれ。この時期を乗り切らないと神世界は潰れてしまう」ということだろう。
 教主が本当に、「時節が到来し、神世界の方針をあまねく知って貰う必要があると判断し、もっと大勢の人々に神様の啓示を伝えてゆきたい」と思ったのであれば隔月発行のこんな新聞では何の役にも立たない。教主自身が人々の前に姿を現し、自らの口で神世界の方針や神様の啓示を伝えるべきだ。かつてのオウム真理教・麻原彰晃(本名・松本智津夫)はマスコミを最大限に利用してオウムの宣伝をしていた。神世界教主もマスコミに堂々と顔を出してみろ。教主・S藤Tが自ら顔を出さずして真の拡大などできる筈もない。自分のやっていることが正しいと確信するなら顔出しは何ら躊躇することはあるまい。


4、隠蔽体質と新聞発行のミスマッチ
 神世界という団体は極めて閉鎖的で隠蔽体質の強い団体だ。神世界が閉鎖的団体となるのはこの団体のやっていることから考えれば当然のことだ。心の弱っている人、体が弱っている人の不安に取りつき、先祖の霊の祟りや健康不安を煽って金を巻き上げるような営業をしてきた者が正々堂々と人々の前に出てくることができないのは当然だ。
 神世界が一時期勢力を大きくすることができたのは”ターゲットの絞り込み”に成功したからだ。1,000円程度の”お試し価格”で客を拾い、その客が”有効なターゲットになり得るか”を見定め、「これは行ける!」と判断すると時間をかけて言葉巧みに神書、御霊光、高額祈願へと導き高額な金を巻き上げていくのが神世界の手口だ。客から「ここは宗教なの?」と尋ねられると「いいえ宗教ではありません。会社です」と言って客を安心させ騙し続けてきた。
 こうした”神世界流”の手口で客から金を巻き上げる商法を成功させるには、”マンツーマン”もしくはそれに近い形で客の囲い込み、そして取り込みを図ることが大切であり、大勢に広く呼びかけ、「文字」という証拠が残る「新聞」という媒体は神世界商法には合わないのだ。カルトの勧誘はコッソリと人目につかないようにして「人間関係」を巧みに使って個人の心を取り込むことによって成り立つ悪行だ。
 神世界は最盛期であってもサロンの看板を上げることもせず、一部のサロンが開設していたホームページも閉鎖させるなどして世間から隠れ閉鎖的な運営をしていたにも係わらすこれだけ大きな被害を出すだけの”実績”をあげることができたのはそうした個人勧誘が功を奏した結果だ。
 新聞を出せばそれを見るのは神世界に脳を汚染された人ばかりではない。普通の判断力を備えた人が神世界新聞を見れば、「なんだこれは!?」とそのぶっ飛んだ内容に唖然とし、その新聞を持っている者を奇異な目で見るだけだ。
 繰り返すが、神世界のような怪しげな営業内容を拡大させるには”新聞”という公の媒体はそぐわないのだ(神世界新聞が不特定多数を対象にしたものであればという前提であるが)。

 似たような事例としてオウム真理教が衆議院議員総選挙で大敗した例がある。オウム真理教も個人が個人を勧誘する活動によってどんどん組織を大きくして行ったが、それに勢いづいて1990年の第39回衆議院議員総選挙に麻原彰晃(本名・松本智津夫)や教団幹部ら25名が立候補した。しかし全員が法定得票数にすら達せず惨敗した。カルトは個人をターゲットにした勢力拡大では手腕を発揮できるがカルトのバカげた理論を世間に広く流布させることなどできないことを立証した出来事だった。
 2007年12月末の神奈川県警による強制捜査とそれに続くマスコミの神世界報道によって神世界の名前は日本中に知れ渡った。「神世界」という名称が人目につくことを恐れた神世界トップはあろうことか神世界本部(山梨県甲斐市玉川18)に設置してあった自社の看板、「21世紀は神世界」から「神世界」の文字を白く塗り潰してしまった。”自分たちは悪いことをしていない”という自信があるのなら自社の看板を塗り潰すようなバカなマネは絶対にしない。自らの手で自社の看板を塗り潰した神世界の行為は自らの有罪を公に認めたのと同じだ。
 このような自殺行為をしておきながら、その後社会に対する何らの説明もないまま今になって突然新聞を発行し、神世界の宣伝を始めるなどという行為は180度方向の違う行為だ。私は今回の新聞発行の真の目的がどこにあるのか、しばらく頭をひねった。
 そうこうするうちに各地から神世界はこの新聞を下記6のようにして”活用”しているという情報が入りだした。


5、なぜこの時期に新聞発行?
 多くの宗教団体が独自の新聞を発行している。世界救世教は「光明新聞」、神慈秀明会は「秀明」、創価学会は「聖教新聞」、浄土真宗本願寺派は「宗報」、浄土真宗大谷派は「同朋(dobo)」など各団体は信者の教宣活動を目的にした新聞を発行しており発行部数は数万部に及ぶものが多い。
 神世界新聞が神世界の最盛期に発行されたのであれば発行の目的はある程度理解できる。組織の勢いが上向きの時はつい調子に乗って、「うちの教団もかなり大きくなってきた。新聞でも出して更に拡大を図ろう」等と欲を出すことはあり得る。この組織の名称が「千手観音教会」から「あっとらんどFuji」に変わった2001年当時に簡単な会報を月刊で発行したり、びびっととうきょう予定表程度の会報を発行していた時期もあるが、こうした会報を発行していた時期はこの団体が”上昇気流に乗っていた”からこそ会報発行も可能であった。びびっとの予定表を見ると「のど自慢大会」のお知らせまで載っており、浮かれぶりが垣間見える。今では考えられないことだが当時は神世界関係のHPもいくつか作られていた(今は全て閉鎖されている)。

 現在(2009年10月)神世界が経営していた大半のサロンは閉店に追い込まれ、最盛期と比較すれば客は激減している。神世界がこのように凋落の道をたどったのは”自業自得”であるが、凋落に至った原因を何ら改善することなしに新聞を発行したところで何の役にも立たないことは明らかだ。これまで一切の説明責任を果たさず沈黙を続けてきた”怪しげな団体・神世界”が発行した新聞など誰にも相手にされないことは分かりきったことだ。神世界関係者であっても神世界の現状を正しく認識していれば新聞を発行しただけで崩壊しかけている神世界を立て直すことなど到底できないことは分かるはずだ(神世界に酔い、盲目状態となっていれば別だが)。
 普通に考えると神世界がこの時期に新聞発行をした意味がなんとも理解しがたいのだが、新聞発行後の神世界側の動きを見てみると徐々に新聞発行の目的が見えてきた。


6、新聞発行の真の目的
 すでにこの神世界新聞を見せられて神世界への勧誘を受けたという報告が数件寄せられている。

証言1
 葛飾区在住のAさんは、前の会社で一緒に仕事をしていたBと偶然出会って話をしていた。そのうちBはカバンの中から神世界新聞を取り出し、「とうとう新聞を出すことにもなったから話すんだけど・・・」と言ってAに神世界の説明を始めた。話を聞いているうちにAさんはBが全ての出来事を「神様のおかげ」と捉えていることに異様な雰囲気を感じ、「危険」も感じたAさんは適当に話をはぐらかして早々にBと分かれた。
証言2
 サロンに疑問を感じ、しばらくサロンから遠ざかっていた港区のCさんところへ9月上旬、神世界関係者から電話があり、「とても大切な見てもらいたいものがあるのでサロンに来てほしい」と言われた。しかしCさんはすでに神世界に疑問を感じていたので誘いを断った。
証言3
 Cさんと同じようにサロンから遠ざかっていた千葉のDさんにもスタッフから巧みな誘いの電話があり、Dさんはサロンに出向いてしまった。すると案の定、神世界新聞を渡され、これからも続けてサロンに通うように説得された。その際、Dさんに対しスタッフは「訴訟の部分は外に出さないように注意してほしい」と言った。

弾丸報告書(新規用、リピーター用)
火の玉隊活動報告書
 教主が、「もっと大勢の人々に神様の啓示を伝えてゆきたい」と言ったところで、この新聞を一般家庭にポスティングしたり街頭で無差別に配布して神世界の布教を図るのは100%不可能だ。どんなに厚かましい神世界関係者でもそこまでバカな行動に走ることはないだろう。
 一連の動きから推測すると神世界新聞は「新聞」とは言っても外部の不特定多数の人に向けて神世界の宣伝をしたり、神世界の考えを広報しようというものではなく、この新聞はかつて神世界に通っていた人達を再び神世界に呼び戻す道具に使われたり、個人的に神世界への勧誘をする際の布教グッズとして使うことをもくろんでいる。
 かつて神世界には「弾丸」「火の玉隊」と呼ばれる勧誘部隊が存在した。この神世界新聞は現在残っているスタッフや客にこの新聞を布教グッズとして持たせ、全員を「弾丸」や「火の玉隊」として世に放とうと画策したものだろう。そのため、報道で神世界事件のことを知っている人を説得する材料として「法律解説・宗教活動がなぜ?」と題して警察の捜査や裁判に関する言い訳に紙面の多くを割いている。
 10月上旬に大手マスコミの記者が神世界関係施設を訪れ、「神世界のことを詳しく知りたいので資料があればいただきたい」と申し出たが対応した神世界関係者は記者に神世界新聞を渡すことはなかった。教主が述べている「これからは、神意に基づき、本紙を通し、『主』としてもっと大勢の人々に神様の啓示を伝えてゆきたい」という言葉が本当で、この新聞を使って広く外部に向かって広報活動をする目的があれば率先してマスコミ関係者にも新聞を渡す筈だ。そうしなかったのはこの新聞はやはり内部で密かに使用することを目的にしたものだからだ。

 神世界が神世界新聞を発行した目的は、「信者」(現存するスタッフや客)を鼓舞し、この新聞を使って客集めに信者を駆り立てようとする神世界トップの大きな思惑がある。上記証言1〜3に見られるように、すでにこの新聞を使った勧誘活動が各地で活発化していることからもそれは明らかだ。
 神世界は2007年12月末の神奈川県警による強制捜査後、表だった営業を休止し新規の客を勧誘することをは中止していたが、2009年8月1日、この新聞発行を契機に方針を転換させ、社会に対して挑戦状を突きつけた。

神世界は営業活動を再開させた



7、弁護士の責任
 神世界新聞には、「法律解説・宗教活動がなぜ?」と題した記事が大きな面積を占めて掲載されている。この記事は創刊号にも第2号にも掲載されており今後も連載されるようだ。他の記事よりもやや大きなポイントの活字を使い読みやすいように配慮されており、この新聞を発行したもう一つの目的はこの記事を信者に読ませることにあったのではないかとも思われる。
 記事は神奈川県警が神世界に対して強制捜査を行ったことへの疑問に始まり、宗教活動に警察が詐欺の容疑をかけるのは筋違いだという内容が、一問一答形式で書かれている。回答者が弁護士であるといいながら回答している弁護士の氏名は一切書かれていない。

 表題が、「宗教活動がなぜ?」となっていることにまず驚かされる。大多数の神世界被害者は「宗教活動」という言葉が唐突に現れ、何のためらいもなく宗教という言葉が繰り返し使われていることに驚くのではないだろうか。
 私は約200名以上の神世界被害者から話を聞いているが、大多数の被害者が口を揃えていうのは、被害者が神世界に通っていたとき、「ここは宗教なのでは?」という疑問を抱き、スタッフや先生と呼ばれる者に、「ここは宗教なのですか?」と尋ねたとき、決まって彼ら(彼女ら)神世界関係者は、「ここは宗教ではない。会社です」と答えていたと証言している。被害者は口を揃えて、「神世界が宗教だと分かっていたらあんなところに通いはしなかった」と言っている。

 被害者は神世界が宗教ではないという言葉を信じて通い続けていた。オウム真理教事件後、市民の宗教やカルトに対する警戒心は高まっており、ここが宗教だと分かっていたら大多数の客は通うことはなかった。神世界被害の根本には神世界が繰り返し客に言っていた、「宗教ではない」という言葉が大きなウエイトを占めていることを忘れてはならない。神世界側は市民の宗教に対する警戒心を察知していたからこそ宗教色を隠し、サロンデトックスなど、女性に警戒されない名称を盛んに用いて営業してきた事実がある。

 回答者である弁護士は神書は読んでいるのか? 神書の232ページ、「信仰は不必要」の項にはこう書かれている。

信仰とは信じて尊び心の支えにしたり生きる基準にする事で、簡単にいえば最も強く信じる事であるから最も危険である。「信じる」とは信じる必要があり信じなければ成り立たないから、信じる対象が不安定・不完全・当てにならない・あやふや・実体がわからない事を意味している。もし確実であれば信じる必要がないから信仰も不必要なのである。
(中略)
しかし現実には主な世界的大宗教のユダヤ教・キリスト教・仏教においては数千年も活動しているし、全世界では無数の宗教が活動しているのに病気と貧乏と闘争は大昔から今に至るまで継続していて、世界中のどこにも永遠の幸福者の国や地域が存在しない事実は、今までの宗教の教えが全部間違いで人類の幸福実現には無力だった事を証明している。
したがって本物の神様が地上に出現して人類の幸福を実現した時には、全世界のすべての宗教は全く不必要な存在となって完全消滅するのである。


 神書では現存する宗教や信仰を全否定しているんだぞ? 神世界は宗教や信仰とは全く違い、「神様との取引」で客は利益を得ることができると説明してきた。神様との取引には客が金を出すことが最重要であり、そうすることによって幸福が実現すると繰り返し述べている。「神様に金を払えば幸福が得られる」などという宗教が存在するはずもなく、神世界が宗教とは無縁のものであることは明白だ。
 それにも係わらず神世界新聞紙上で弁護士が回答している下記の内容はなんだ? 人をバカにしているのか?

 要するに、宗教行為は、宗教的確信に基づく限り、詐欺とは無関係なのです。(神世界新聞創刊号「宗教活動がなぜ?」問2への弁護士回答)

 こんな回答で神世界の擁護ができるとでも思っているのか? 一連の回答をしている弁護士は神世界がどのような手口で客から金を巻き上げてきたのか分かっているのか?  これまで神世界が客に対して神世界は宗教であることを明らかにした上で営業活動をしてきたのであれば「宗教行為は・・」という弁護士の回答も少しは役立つかもしれないが、客は「神世界は宗教ではない」という言葉を信じて金を出してきたのだから宗教行為は云々という講釈は的外れだ。信仰や宗教を完全否定している神世界関係者に宗教的確信などあろうはずもない。
 神世界がこのような新聞を発行し、弁護士を紙面に登場させて宗教行為は詐欺の対象にならないとする論陣を張ろうとしているのは警察や被害者の追及をかわすために宗教へ逃げ込み、保身を図ろうとしているだけだ。

 神世界が雇ってきた弁護士はこれまで何人もが途中で解任されている。それは神世界が行ってきたことを知れば知るほど神世界の行為は弁護に値せず、被害者を救済すべきだという見解に弁護士がたどり着くからだ。神世界側にその意見を出した途端に神世界は弁護士を解任したのだろう。
 企業側弁護士として神世界から金をもらっている以上は神世界の弁護をせねばならないのは分かるが、弁護士としての気概と法を守るという弁護士の本分を忘れないでほしい。
 神世界のために多くの女性が人生を狂わされてきた事実から神世界側弁護士は目をそらしてはならない。神世界は短期間に数百万円、中には1,000万円を超える金を多くの女性に支払わせ、被害者が受けた経済的、精神的損害は甚大なものがある。神世界のために生活が破綻し、友人からも家族からも見放され、社会的にも孤立している多くの被害者がいることを忘れてはならない。
 こうした被害を与え続けてきた神世界という団体を依頼人だからという理由で弁護士が全面的に擁護するのは間違いだ。このような団体が今後も存続すれば新たな被害者が発生することは目に見えている。それは結果的には弁護士が霊感商法に手を貸したのと同じことだ。次に被害に遭うのは弁護士の家族かもしれない。神世界側弁護士は、あなたの娘さんやあなたの奥さんが神世界に嵌っても「宗教行為は詐欺とは無関係」と言って安閑としていられるのか?
 宗教と霊感商法は全く別次元のものだ。神世界側弁護士として為すべきことは、神世界が行ってきたことを精査し、神世界に然るべき社会的責任を取らせた上でこの企業の解散手続に手を貸すことが企業側弁護士の責務ではないのか。

(2009.10.20)







(下記は、2010.1.28更新)

神世界新聞第3号(2009.12.1発行)を見て

 神世界新聞は第2号までが発行された段階でこのサイトでもその内容を紹介した。当サイトで神世界新聞の陳腐さについて散々酷評したので、神世界側も恥ずかしくなって第3号の発行は見合わせるかと思っていたが、なんと性懲りもなく第3号を発行したようだ(下記)。いつの間にか前回と同じく、「御霊光は素晴らしい」というHPに第3号がアップされていた。
 第3号の内容は相変わらずバカバカしい内容でしかないが、特筆すべき点が一つある。それは弁護士が実名で神書について感想を述べている点だ。

神世界新聞第3号(2009.12.1発行)

神世界新聞第3号に掲載された、尾崎幸廣弁護士の神書評

 神書を読んでまず感じるのは、偽善的な要素が全くなく、率直明朗ということである。古事記の読後感に似ている。神世界の活動に批判的な人は、その内容が不合理だとか非科学的だとか盛んに攻撃するが、そのようなことを言えば、聖書もコーランも仏典も科学的には証明できない内容に満ちているのであり、現代の科学を越えたところに宗教が成立するのである。
 神書は、無理な修行や実行不可能な戒律を不必要とし、ただ、御霊光により、健康、財産、人間関係が好転するのを体験することを勧めている。もし、効果がないと思ったら止めればよいとし、執拗なところがない。聖書を読むたびに我が身の至らなさを感じて気持ちが暗くなるのとは対照的である。
 以上が大まかな内容であるが、次号以下でさらに紹介していきたい。



 日本には「言論の自由」があるのだから、例え弁護士であろうとも思ったことを述べるのは許される行為なのだろうが、現実にこれだけ多くの神世界被害者が存在することを知りながらそれでも敢えてこうした発言をする弁護士がいることには驚きを禁じ得ない。

 尾崎幸廣弁護士(菊水法律事務所)は弁護士になる前は約30年間検事を務めてきた。検事在職中は公安調査庁に属していた時期もあり、緒方重威公安調査庁長官(1993年当時)の下で審理課長を務めていたこともある。
 周知の通り、緒方重威は在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部の売却を巡り、詐欺罪で起訴され現在公判中の人物だ。緒方重威は東京都内に所有する不動産を神世界に賃貸し、月数百万円に上る賃料を得ていた。

 尾崎幸廣弁護士がどのような人物かネットで検索してみるとたくさんの情報が得られる。下記は平成20年1月25日号の「國民新聞」第19131号に「年頭所感」として尾崎氏が書いている文章だ。

「國民新聞」第19131号に掲載された尾崎氏の「年頭所感」
法曹界での千早城目指す(弁護士・尾崎幸廣)

平成二十年が天皇国日本にとって、少しでも良い年になりますように。
三十年間の検事生活を終え、弁護士となって一年が経った。検事という職業は一口に言えば、生活のための職業でしかなかった。若いころは、日本がいつかまともな国になったときに、思想検事としてゾルゲや尾崎秀実のようなスパイ、思想犯と闘いたいと思っていた。しかし、その夢はついに実現しなかった。
本多勝一や大江健三郎のような戦後日本の醜悪さを体現する人物が未だに大手を振っている。本来ならば、これらの反日日本人は今の刑法でも、死者に対する名誉棄損で起訴されて当然である。
しかし、現状で検事にそれを求めるのは、幕末の旗本侍に黒船攻撃を求めるに等しい。役人や利権政治家に祖国再生の望みを託しても無駄である。あとは草莽崛起を待つしかない。
嬉しいことに、その兆しは少しずつではあるが、感じられるようになっている。私は思想検事にはなれなかったが、思想弁護士にはなりたい。
梅ヶ丘駅前の十坪足らずの事務所に菊水法律事務所と名付けた。法曹の世界での千早赤坂城を目指している。皇室と祖国のため少しでもお役に立つことが今年の、いや今後終生の念願である。



 上記を読んだだけでも尾崎氏の人間像が概略お分かりいただけると思うが、更に詳しく尾崎氏について知りたい方は下記の動画(約1時間20分)を参照していただくと尾崎氏の人物像が見えてくる。

http://circle.zoome.jp/matarihosyu/media/1627

なお上記動画は、「日本文化チャンネル桜(スカパー!217ch)で放送した内容だ。「日本文化チャンネル桜」がどのような性格の番組であるかは動画の冒頭を見ただけですぐに分かる。




(下記は、2010.2.10更新)

神世界新聞第4号(2010.1.1発行)を見て

 神世界新聞は第1号から第3号までは隔月に発行されていたが、第4号は前号発行から1カ月後の2010年1月1日付けで発行されていた。

神世界新聞第4号(2010.1.1発行)


1、コソコソと修正
 神世界新聞第4号の内容はこれまでのものと大差なく、相変わらず荒唐無稽な内容でしかないが1〜3号とは違っている点もある。それは1面左上に毎回掲載されている千手観音図の説明文だ。1〜3号までは、「教主様が開祖にあたり、全身全霊を込めて描かれた御神体である」とキャプションがつけられていたが第4号ではそのキャプションは削除されている。
 これは私が、「あきらかな嘘」と題してこの千手観音図は世界救世教教祖・岡田茂吉が描いたものであるとこの記事中で指摘したことを受けて、あまりにもバレバレの嘘はまずいと思って変更したのだろう。
 神世界の連中は厚顔無恥な新聞を出し続けているが、批判されると慌てて態度を豹変させる小心者でもあるようだ。

 なお、この千手観音図の出所に関する詳しい内容は「盗作」で詳しく解説している。
 武装解除された千手観音の記事で紹介した、「武器を持たない千手観音図」は最近は登場しないようだが、これは千手観音図の作者である世界救世教教祖・岡田茂吉が没してから50年以上経過し、オリジナルの千手観音図の著作権が切れたため、神世界の連中はオリジナルの千手観音図を「勝手に」使用しても良いと勘違いをしているためだ。
 神世界には「有能な」(笑)弁護士がついていながら、「著作者人格権」については無知であるようで、「著作権」は没後50年で切れるが、「著作者人格権」は永久に消えない。
 「著作者人格権」というのは、作者の死後何十年経っても、その作品を使用する時は誰が作ったものであるかをどこかに表示しなければならないというものだ(著作権法60条)。
 岡田茂吉が没してから50年以上経過し著作権が切れたからといって、これを「自分が描いた」と嘘をつき、岡田茂吉の落款(サイン)である「自観」を勝手に書き換える行為は著作者人格権を侵害する行為だ。
 このような法律的問題点を突くまでもなく、他人の作品を、「教主が描いた」などと虚言を呈する行為がいかに卑しい行為であるかはいうまでもない。



2、教主からの挑戦状
 もう一つの特徴は教主の発言にこれまでとは違った挑戦的な発言が見られる点だ。
 第4号の冒頭に、”奇跡の現象”今年から顕著にと題した教主の発言(下記枠内)が載っているが、この中で教主は、「拡大」や「浸透」、「包括」、「加速」などの言葉を多用し、今年は神世界が拡大すると嘯(うそぶ)いている。
 教主のこうした挑戦的(誇大妄想的)な発言は神書にも満載であるが、いまこの時期に発行した新聞で敢えて神世界拡大を宣言したのは警察や弁護団、被害者に対する宣戦布告なのだろう。とは言ってもこんなバカげた新聞の記事を警察も弁護団もまともに取り上げることはないであろうが。

 それにしても教主の日本語はおかしい。ひょっとすると教主は日本人ではないのかと思わせるほどだ。
 教主は神世界新聞第4号の中で、「神世界は、宗教を超越した宗教であり、そうなると宗教という境界線や分類を飛び出していく事になり・・」と書いている。「宗教を超越した宗教」などというバカげた日本語があるか? 「宗教を超越した別次元のもの」ということを言いたかったのだろうが、「宗教を超越した」と言っておきながら超越したはずの「宗教」に再び舞い戻ってきたのでは全く超越などしていないではないか。
 これは現在行われている損害賠償訴訟で、「宗教ではない」という発言がやり玉に上がっているため、「神世界は普通の宗教ではない」とする防御線を張っておきたいのだろうが、こんな稚拙な日本語能力では到底勝ち目はない。


神世界新聞第4号の冒頭記事として掲載された教主の年頭挨拶
”奇跡の現象”今年から顕著に (教主)

 神世界は、宗教を超越した宗教であり、そうなると宗教という境界線や分類を飛び出していく事になり、これが御霊光の拡大や浸透に比例して、時の経過とともに宗教の枠を超え続けるのです。
 この現象は、だんだん速度を増していきます。その結果、政治や経済や教育や文化は勿論、ありとあらゆる方向に御霊光は浸透し続けて、あらゆる分野を包含していくのです。
 しかし、この現象は人智や人間力や人為的なものではなく、奇跡という神様の力を見たり開いたり体験する事によるもので、自然にそのようになっていくとしか表現できないのです。ですから、教線拡大のために、特別に布教をする必要はありません。人から人に口伝えに拡大していきます。
 この速度もだんだん増して、奇跡の現れ方も加速され、今年から特に顕著になるのです。




3、尾崎幸廣弁護士の神書解説
 神世界新聞第4号では前回に引き続き、弁護士の尾崎幸廣が神書に対する提灯記事を書いている(下記枠内)。
 尾崎弁護士もせっかく弁護士として記名記事を書くのだから、もう少し格調高く説得力のある記事を書いてほしいものだ。弁護士としてクライアントの利益を守る立場に立たねばならないのは分かるが、神書のバカげた内容をそのまま肯定するようでは今後の弁護士としての活動にも悪影響が出るのではないかと他人事ながら心配になる。
 尾崎弁護士の文章中、「共同募金箱にお金を入れる人は、自己の生活を犠牲にしない程度のお金を入れるのである」という部分には激しい怒りを感じた。生活を犠牲にさせ、被害者からあり金を搾り取ったのは誰なのだ?
 尾崎弁護士には神世界に数百万円、中には1000万円を超える金を騙し取られ、家族、夫、友人を失い、生活を破綻させた神世界被害者が全く見えていないのか? 神世界が被害者から奪い取った金は共同募金箱に入れる程度の金だったとでも言いたいのか?

 尾崎弁護士は、「まじめな気持ちで御霊光を体験すれば、必ずその効用が実感できると(神書は)説いている」と述べているが、では尾崎弁護士はその御霊光とやらを実感し、その効用を証明できるのか? 「弁護士」という肩書きで文章を書く際は、自分自身がそれを確認し、納得していなければ第三者に対して肯定的な意見を述べるのは差し控えるべきではないのか。「実感できると説いている」とすることで、「神書にはそう書いてあると解説しただけだ」と逃げるつもりかもしれないが、あなたには弁護士としての良心は微塵も残っていないのか?

 私がなぜこのような活動を続けているか神世界幹部もが理解できないようだが、尾崎弁護士もそれは同じなのだろう。
 神世界のS藤Tは、「困っている人がいるから手を貸す」という人間として当然の行為が理解できないようだが、尾崎弁護士も見返りのない行為に人が手を貸す行為は理解不能であるようだ。
 神世界事件とは何の関係もない私がこうして神世界批判サイトを作り、被害者や弁護団、警察、マスコミなどと連携して神世界事件を解明しようとしている行為は、尾崎弁護士に言わせれば、「そもそもそんな人が現に、この世に存在するかは疑問である」ということになるのだろう。
 神世界はこれまで何人もの弁護士を取り替えてきたが、S藤Tと考えを同じくする尾崎弁護士を得たことで、”勇気百倍”になっているのだろう。「同じ穴の狢(むじな)」という格言がぴったりする光景だ。


神世界新聞第4号に、「神書解説」として掲載された弁護士の解説
神書は超宗教 (弁護士・尾崎幸廣)

 神書は、これまでの宗教が「世のため人のために尽くせ」とか、「他人を助けるために自分を犠牲にせよ」などと敢えているのを強く批判している。
 なぜ世のため人のため尽くしてはいけないかの理由は、人は尽くしても見返りがないと不快になったり、不満が生じて不幸になるからであるという。何の見返りもなく他人に尽くし、不平不満を感じない人が仮にいたならば、その人に対しては、この理論は通用しないことになるが、そもそもそんな人が現に、この世に存在するかは疑問である。小説や芝居では、そんな人が出てくるが、少なくとも私は出会ったことはない。共同募金箱にお金を入れる人は、自己の生活を犠牲にしない程度のお金を入れるのである。
 神書は、このようにこれまでの宗教を偽善的として批判するが、特定の宗教を名指しで弾劾するようなことは一切ない。どのような宗教の信者であれ、また、無宗教の人であれ、まじめな気持ちで御霊光を体験すれば、必ずその効用が実感できると説いている。この点が他の宗教書には見られない神書の特徴であり、教えへの帰依を要求するこれまでの宗教を超え、次元の異なる宗教であるという謂われである。




2009年5月頃に行われていた工事
4、金龍水で一儲け?
 神世界新聞第4号には、2009年5月24日にヒーリグサロン告発掲示板に投稿(過去ログ4の[6301])があったえんとらんすアカサカ(竜王)で行われていたボーリング作業の「答え」が載っている。
 右記の写真のように櫓(やぐら)を立てて地中深くボーリング作業を行っていたのは温泉を掘り当てようとしていたのではなく、井戸を掘っていたようだ。
 その井戸が2009年暮れに完成し井戸水が出るようになったようで、これに金龍水という名前を付けてありがたがって飲んでいるらしい。自分の敷地内に井戸を掘って水を飲むのは勝手だが、記事の内容からすると、そのうちこの水をもっともらしい容器に入れて法外な値で信者に売りつけるのではないかと危惧される。
 なにしろ神世界はこれまでも市販のミネラルウオーターを市価の数十倍から百倍の高値で売っていた”実績”があるのだから、その可能性は十分ある。
 今後、アカサカの井戸水にはさぞかし多くの”奇跡”が創作されるのだろう。それは神慈秀明会の「奇跡の水」の再現となるのだろう。



5、神奈川県警への挑戦状
 神世界新聞第4号には、神奈川県警に対する挑発とも受け取れる文面があるのには少々驚いた。「宗教活動がなぜ?」と題した記事の末尾に次のような内容が書かれている。

 何故、今回、報道機関が悪感商法などというレッテル張りをしたのか理解に苦しみますが、神奈川県警の一部捜査員が世間を煽るため、偏見に基づいて、敢えて行った世論操作か、あるいは甚だ軽率な勇み足のいずれかだと言われても、仕方ないと思われます。

 この文章では神世界側は神世界に対する神奈川県警の強制捜査を次のように位置づけている。

1、神奈川県警の捜査員が世間を煽るために行った。
2、神奈川県警が偏見に基づいて敢えて行った世論操作。
3、神奈川県警の甚だ軽率な勇み足


 神奈川県警をここまで侮辱、嘲笑し、こけにすることがどのような結果を招くか予測できないのは愚かだ。調子に乗りすぎた者には大きなしっぺ返しが待っているだろう。

 多くの神世界被害者が損害賠償訴訟を提訴している中で、このような新聞を出し続ける神世界の姿勢は大いに批判されるべきことだが、反面、新聞に書かれた記事を通して彼らがいま何を考えているのかを伺い知ることができる側面もある。しかし記事のどこまでが本音で、どこからが虚栄かを十分吟味してかかる必要がある。





(下記は、2010.3.20更新)

神世界新聞 第5号を見て(2010.3.1発行)

神世界新聞第5号(2010.3.1発行)
 神世界新聞の第5号が2010年3月1日付けで発行されていた。原本は、これまでと同じく、「御霊光は素晴らしい」というHPで公開されている。
 1面の内容にはこれと言った目新しさはなく、相変わらずバカバカしい内容の羅列に過ぎない。前号から削除された千手観音図の嘘キャプション(教主が描いた・・)は今回も削除されたままだが、削除したことに関する説明は全くない。都合の悪いことには一切触れないのが彼らのやり方であることを如実に表している。
 1面の内容について敢えて言及するとすれば、尾崎幸廣弁護士書が書いている「神書紹介」という提灯記事の内容だ。
 記事の中で尾崎氏はマハトマ・ガンジーの言葉を引用する形で「病院は罪悪の根源だ」と述べている。このように言い切る以上は、尾崎氏は、病院で健康診断を受けたり、病気の治療を受けたりは一切していないのだろう(笑)。尾崎氏も年齢的には病院の世話になることが多くなる年代だけに、尾崎氏が病院に行く際には変装でもして行くのだろうか。ご愁傷様なことである。
 同じマハトマ・ガンジーの言葉を引用するのであれば、「サタンの成功が最大のものとなるのは、その口に神の名をのせて現れるときである」という言葉が神世界には最もふさわしい。
 「私は神様の媒体そのものであり、神様と一体となって使命を遂行しているから、人間的な考えは全くない」(神書P50・神様に任せよ)等と自画自賛を繰り返す教主・S藤Tの姿をガンジーが見れば、「S藤Tこそサタンだ!」と言うだろう。
 なお、尾崎弁護士の文章中、「私は痛く感銘した」とあるが、「痛く」は間違いだ。この場合は、「甚く感銘した」が正しい。新聞として人の目に触れる文章を出す以上は、例え執筆者が誤った原稿を書いた場合でも校正者がきちんと修正して出すべきだ。

 2面上部に掲載された、”奇跡話”の数々を見ていると、かって私の妻が嵌っていた神慈秀明会で盛んに用いられていた”おかげ話のシャワー”を彷彿とさせる。こうした奇跡話のシャワーはカルトが好んで使う典型的手法だ。
 神世界新聞第5号のおかげ話に登場している人物の氏名や、掲載された写真に写っている人物は私もよく知っている者が数名おり、彼女等がカルトの手先として都合よく使われている姿が痛々しい。
 神世界のサロンで奇跡話を書かされた人の中には、「もっと感動的に」と注文をつけられ、大げさな話に修正させられた事例も報告されている。「鼻血が出た」と、ある先生に話をしたら、先生はその話を別の客に伝えた際に、「○○さんはこないだ洗面器いっぱい鼻血がでたのよ!」という、とんでもなくオーバーな内容に修飾されて伝えられ、ただ単に鼻血を出しただけだった本人が仰天したという事例も報告されている。「みんなで作ろう神世界マニュアル」の13番目では、「拡大をする為には犯罪にならなければ何をしてもいい。奇跡体験は嘘でもいいんです」と言われていたという報告もされている。
 御霊光の効果をもっともらしく見せるために、針小棒大に話を作り替え、「奇跡」を大量生産しているのが神世界だ。
 信者達のバカげたおかげ話を羅列するより、教主・S藤T自らが顔出しで自分の奇跡話でも語った方がよほど説得力がある筈だが、S藤Tの子供や彼の親族に起こった数々の悲劇を考えれば、御霊光に何ら奇跡を起こす力など存在しないことが明かであるだけに恥ずかしくて登場できないのだろう。

 2面下部にはいつもの、〈法律解説〉宗教活動がなぜ?一問一答と題した言い訳記事が掲載されている。
 前回は神奈川県警を標的に書いていたが、今回は被害対策弁護団を標的にした内容が書かれている。損害賠償訴訟が進展しないのは被害対策弁護団に問題があるように書いているが、これまでの口頭弁論を傍聴してきた者が見れば、それが全く逆であることは明白だ。のらりくらりと引き延ばしを図ってきたのは神世界側代理人ではないか。
 神世界側は、”被害対策弁護団はマスコミを利用している”、”民事訴訟を有利にするために警察権力を利用している”と批判にならない批判を展開しているが、マスコミも警察も、神世界のやっていることはどう見ても霊感商法であり、社会的にこのようなものがはびこることを許してはならないという思いがあるから神世界を糾弾する報道や捜査をしているのだ。正に、”火のないところに煙は立たない”のであり、己のやっていることを棚に上げ、全くもって反省の色が見えない神世界という団体は、完全に息の根を止める必要がある。今回の一問一答の全文(下記)は、私から被害対策弁護団に送っておいた。被害対策弁護団もこれを見れば神世界に対する闘志が倍増することだろう。
 一問一答の文章中には、「筈だ」、「筈である」、「思われる」、「一般的だ」などの用語が多用されており、この文章が如何に論拠が乏しく説得力に欠けるものであるかが分かる。
 参考までに神世界新聞第5号の一問一答を下記に掲載する。


神世界新聞第5号(平成22年3月1日発行)〈法律解説〉宗教活動がなぜ?一問一答

問1
 最近、「被害対策弁護団」なる弁護士グループが、新たに刑事告訴する方針を固めたとの報道がありましたが、今頃、何故、このような動きに出たのでしょうか。

答1
一言でいえば、「被害対策弁護団」と称する紀藤弁護士らのグループの焦りの現れだと思われます。
この弁護士グループは、平成21年5月29日付で民事訴訟を提起し、同年12月25日付で追加提訴したわけですが、これらがいずれも、その都度マスコミによって報道されているように、この弁護士グループは、何かといえばマスコミを利用しようとしますし、民事訴訟を有利にするために、敢えて警察権力をも利用しようとするのです。
 このようなパフォーマンスをよくする割には、民事訴訟の訴状の内容がお粗末で、主張に具体性を欠くため、一向に訴訟が進行しないことから、裁判所は、再三、具体的な主張を行うよう求めているのですが、紀藤弁護士は、前回の弁論期日において、愚かにも、「警察の捜査による解明をまって明らかにしたい」などと、何ら理論的な裏付けもないまま提訴に及んだばかりか、民事訴訟に警察力を利用するという禁じ手を使おうとしていることを敢えて表明しているのです。
 しかしながら、この欄で繰り返し述べているように、今回の告訴の受理と捜索差押え等は、通常ではあり得ない無理筋の捜査であり、それ故に行き詰まりの様相を呈しているわけですが、そのため、この弁護士グループは、民事訴訟の追行上の手詰まり感から焦りの色を濃くし、これを打開し、民事訴訟を有利に展開させようとの意図に加え、依頼者らに対しても、ちゃんと仕事をしていると思わせる狙いから、今回の告訴騒ぎに及んだもので、このような意図のもとにマスコミ利用というパフォーマンスに出たのだと思われます。

問2
 このような告訴は、受理されるものなのでしょうか。

答2
 本紙第2号において、「(捜索差押えの契機になった)告訴の受理そのものが差し控えられるべきだった。」旨述べ、第3号において、「告訴をする人の中には、民事的なトラブルを有利に解決する目的などの不純な動機で告訴する人がないわけではないので、警察も告訴を受理するか否か慎重に検討するのが常であり、実務的には、ほとんど不受理とされるのが実体と言っても過言ではありません」旨述べたとおり、告訴は本来、告訴人の一方的な言い分なので、捜査機関もこれを受理するか否か、慎重に対応するのが一般的です。
 以前の告訴は、神奈川県警独自の必要性から、敢えて受理した一面もあったと思われますが、その後の捜査で、皆さんの信仰心が本物であることから、犯罪性は存しないことが判明した筈であり、また、今回の追加告訴の動きに対しては、既に神奈川県警独自の必要性はなくなっておりますし、被害対策弁護団なる弁護士グループの不純な動機も白日の下に明らかとなった訳ですから、事ここに至っては、神奈川県警も民事不介入の原則に立ち返り、被害対策弁護団なる弁護士グループの魂胆に振り回されることは回避する筈ですから、これを正式受理することは躊躇する筈だと思われます。
(以下、次号)





(下記は、2010.5.7更新)

神世界新聞 第6号を見て(2010.5.1発行)

神世界新聞第6号(2010.5.1発行)

 神世界新聞の第6号が2010年5月1日付けで発行されていた。原本は、これまでと同じく、「御霊光は素晴らしい」というHPで公開されている。
 第6号で大きく変わった点はこれまで1面左上に掲載されていた千手観音図の掲載を取りやめた点だ。この千手観音図については私が再三その欺瞞性を指摘していたものだが、岡田茂吉が描いた千手観音図を「教主が描いた」などと虚言を呈したり、著作者人格権を無視した掲載を続けることが裁判に不利になると彼らも判断したのかもしれない。それにしても私の指摘をよく受け入れてくれることには感心する(笑)。
 神世界新聞に掲載された千手観音図が二種類あることを指摘していただいた方があり、私も言われて初めて気づいた。それについては、「同じ紙面に二種類の千手観音」に別途掲載した。

 第6号でのもう一つの着目点は冒頭に掲載された教主の言葉だ。教主は、「神示は、発表できる事と出来ない神秘があります。その中で今、神意は各グループ独自の活動を神世界に統一することなのです。主宰神の御座所である神世界にすべての人々と団体が入り、神世界をひとつに進化発展するのです」と述べている。
 これが何を意味するものであるか、その真意は不明だが、文面通りに受けとめれば、びびっとやえんとらんす、みろく、その他分社化した小さな系列会社を神世界に統合整理しようとしているようにも受け取れる。各社とも大幅に客が減り、スタッフの給料を支払うのも大変な状態になっているので、それらを統合整理し経費削減を図ろうとしているのかもしれないので、スタッフや先生は人員整理の対象にされないように今のうちから十分ゴマを擂(す)っておく方がいいかもしれない。

 もう一つの読み方は観音会との関係を整理しようとしているようにも受け取れる。観音会は神世界の前身であり、S藤Tの父親が昔からやっている団体だが、神世界各サロンの暴走に対して観音会が色々と口出しをしたり、神世界幹部が大挙して観音会に移籍した動きがある。このままでは神世界は観音会に勢力を奪われてしまうと危機感を抱いたS藤Tは巻き返しを図るために各社を神世界に統合し結束を高めようとしている可能性もある。
 2面下部の「一問一答」にはそれを受けたかのように、神世界が複数の会社組織である点に無理があると述べ、更に、「宗教団体が莫大な資金を集めても、誰も霊感商法とは言わない」とまで述べていることから推測すると、神世界は系列会社を神世界に統合し宗教法人にしようとしているのかもしれない。
 今後の神世界内部の動きに注目していく必要がある。


 第6号にも尾崎幸廣弁護士が「神書紹介」の記事を寄稿している。今回は「本当の信心」と題して書いているが、その中で尾崎氏は、「神世界の人たちとの交際を通じて、私がはっきり言えることは、神世界は茶番でも「かのように」でもなく、本心からの信心によって成り立っているということである。神書が教主の懸命の努力によって誠心を込めて成ったことは、この疑り深い私にも信じることが出来る」と述べている。
 尾崎氏が神世界に傾注するのは個人の勝手であるが、多くの被害者から多額の金を奪い、被害対策弁護団が作られ、損害賠償訴訟の被告になっている神世界という団体を擁護する発言を尾崎氏が繰り返していることに驚きを禁じ得ない。神世界について何もしらない者が発言しているのならともかく、弁護士として一定の見識をもった者がこのような発言をする真意はどこにあるのだろうか。今後、裁判所が原告勝訴の裁定を下した場合、尾崎氏は自分の発言に対する責任をどのように取るつもりなのか。

 北海道大学大学院教授の櫻井義秀氏は、氏の著作である「霊と金」の中で、「(神世界に)数百万円の代価を支払わせるようなサービスを受けた顧客はいない。民法709条により被害者は損害賠償を受ける権利を有する。(62ページ)」、「(神世界は)十分に問題がある団体だといえるのではないか。ヒーリング・サロンの宗教紛いの商行為に、違法判決や行政処分が下されるまでは問題なしとする、という形式論にはほとんど意味はない。(63ページ)」と述べている。
 櫻井氏は「霊と金」を執筆するに当たり、神書を読み、多くの関係者から事情聴取もした上でこうした結論を導き出している。
 神世界についてきちんとした調査、研究をすれば、櫻井氏が述べている結論に至るのが普通であると思われるが、尾崎氏はそうではないようだ。






神世界新聞発行に関する意見など


神世界の新聞発行に関して神世界告発掲示板に掲載された意見などをここに追加していきます。



【008】
教主の浅はかな悪あがき 投稿者:元スタッフだったことがあります(2009/10/30)

神世界新聞1では、神世界が「感謝と喜びの活動」であると強調していますが、実際のところは(正しくは)、「強制的要求と、恐怖心につけ込んだ活動」でしたよ。

何が「強制も要求もない」ですか。笑わせるな。
御礼の強制・要求、祈願の強制・要求、御霊光を受けることの強制・要求、タダ働きの強制・要求ばかりだったではないですか。

神世界新聞2では、「神書が中心ではなく、御霊光が中心」と言っていますが、これは神書の内容を吟味されることが裁判上不都合が生じ、あやふやで実態のない、御霊光なるものを持ち出して、なんとか逃げようとの思惑が見え見えです。

あれだけ神書が絶対で全てと言っていたのに。たいしたもんですね。見事な大嘘つき。

教主の言い訳新聞を、これからも信者たちは「教主様が直々にお言葉をくださっている!!」等と言って御霊光を感じるとか何とか言ってるのでしょう。

そうそう、それから「このように私の考えは20年前から変わっていない」というように、強制と要求の事実をまるでなかったことにしようとしていることにも呆れてものが言えません。

こんなこと平気で言えるなんて、教主は本当に頭がおかしいの?

裁判では、この矛盾、嘘、でたらめ、一貫性のない主張をばっさり切り捨て、教主を詐欺の首謀者として世間に晒して下さい。

神世界の神が本物で、教主が唯一無二の存在の素晴らしい方なら、私は今頃不幸になっているはずですよね。 神世界を辞めて離れてからの方が、全ての面で物事が好転し、健康になっていることが、神世界の奇跡なんてクズだという証明です。

まだ辞められないスタッフ、あなたたちはただの弱い人。負け犬。そこの世界でしか生きれない人。事実から目をそらさないで、現実に真正面に立ち向かって生きてみなさいよ。本当に生きていくということは、神様なんて甘いこといってられないの。教主達はちゃんとそれをわかっている。神様ではなく、お金様を大事にしているのが神世界。現実の世界は神様ごっこで済むような、そんな生易しいもんじゃない。神様との取引で、自分は一生懸命戦っているなんて、自己陶酔の極みなだけ。
まずはあなたの「同僚」「部下」「上司」をよく見てごらん。みんな普通の社会では生きていけない人ばかり。肩書きや職業に惑わされないように。



【007】
とあるサロンの経営者と教主語録 投稿者:元スタッフだったことがあります(2009/10/25)

「ここは宗教ではない。」
「宗教ではダメだ。」

「宗教では奇跡は起きない。」
「宗教では救われない。」

「教主様(神書を書かれた方)がそう↑↑↑おっしゃった。」

「宗教ではないから信じる必要がない。」
「ここは取引の場だ。」
「宗教だと誤解する人は、ここを理解できていない人。」
「スタッフであるあなたが、ここは宗教ですか?なんて疑問を抱くなんて、程度が低いですね。本当の神様を全然わかっていない。」

「ここは、困っている弱い人を助けてあげようというところではない。」
「優しい気持ちで手を差し伸べてあげよう、人助けしよう、ではダメだ。」

「不幸な人は、その人が悪いんです。」
「不幸になったのは、不幸になることを選んで生きてきたその本人の責任。私の知ったこっちゃない。」
「勝手に不幸になった人を、何故私が助けてやらないといけないんですか。」
「不幸な人を助けようとすると、こちらが足を引っ張られる。」
「ここはお客さん(=不幸な人)に取引させる場だ。」
「徹底的に取引させないと。」
「取引しかないんです。」
「ここは会社だ。」
「人助けをするところではない。」
「あなた(スタッフ)だって、神書を書かれた方のお許しを頂いて、取引させていただけているだけだ。神書を書かれた方の手足として使っていただけているだけだ。自分の考えは入れるな。言われたことだけをやれ。人助けはするな。人助けは宗教の考えだ。」

「自分の頭で考えるな。迷ったら、神書を読め。神書の読みが足りない。」
「神書に書かれていることが全てで、神書に書かれていることだけが正しい。あなたの頭の中にある常識や経験など、神書に書かれていることに比べたら何の役にも立たない。」
「あなたに悩みがあったということは、間違った考え方をしてきたという結果でしかない。つまり自分の頭で考え・判断するということは、あなたの間違った考え方の方が神様より正しいと主張しているということです。」

「宗教で本当に救われたり、世の中が良く変わったことは過去に一度もない。宗教ではダメだということは一目瞭然。宗教的なものには何の意味もない。」

それから、神書を書いた教主・S藤Tおるが、

「神様ではない、お金様なんだ!」
「最後に力を発揮するのはお金様。」
「儲けないとだめだ!!」

と経営者に言っていたことも知ってます。

私が辞めた理由は、こういう姿勢を垣間見ておかしいと気付いたから。
神様の分身といわれる人間と、その周辺の特別な方と言われる者達の程度の低さを目の当たりにしたから。

悩みを抱えながらも純粋に神様を信じる女性ばかりを狙って騙し、利益を得るということは、詐欺商法ですよね。
それも自分たちの手を汚さずに、人を使ってね。
責任は自分の元へ来ないようにしていたのでしょうが、だんだんそうはいかなくなってきましたよ。

教主の一言を、未だにありがたがっている人たち、いるんですね。
教主なんて、ただの食欲・性欲・金欲・権力欲盛な中年男性でしょ。

しっかり返すもの返してもらいますよ。



【006】
神世界新聞について感想 投稿者:原告の一人です(2009/10/25)

神世界新聞、読みました。
ちょっとびっくりしましたが、自分たちが宗教団体であるとはっきり明言してくれたおかげで、私たちにとっては戦いやすくなったかなと思いました。

私がスタッフとして働いていた期間は宗教色をかくして勧誘をしていて、私も最初はこの団体の実態がよくわからないままヒーリングを受けていましたし、息子の病気という自分の弱みを握られてからはあたかもそれがよくなるようなことを言われ、お金も時間も自分の限界を過ぎるまでもっていかれてしまいました。

結局息子は医学で助かり、fujiyaさんのページと主人の説得でわれにかえりましたが、神世界にはまったことで失った時間とお金はとりかえせず・・・。

あのころの私は宗教についてあまりにも無知で、宗教団体とほかの詐欺団体との区別もつきませんでした。

神世界にだまされたことは私自身いろいろ勉強になりましたが、こういう危険な団体を日本の法律で規制できないとしたら、宗教にあまり詳しくない日本人にとっては不利益きわまりないことだと思います。


神世界が「自分たちは宗教団体」と明言した今、過去にそれを隠して拡大し、それにともなってたくさんの人を社会復帰できない状態にまで追い込んだこと、しっかり清算してもらいたいです。

最初からこの新聞をだしていたら、私はこの団体には近づきませんでした。
それって詐欺ではないですか?

裁判員制度が導入される時代、国民の不利益になるような団体には大勢で「No!」と訴えましょう!



【005】
これを配る者の神経は・・ 投稿者:たま(2009/10/24)

記事に書かれている通り、神世界新聞の発行は「神世界の活動再開」ですね。
既にこの新聞を使った勧誘活動を再開しているようですが、こんな「宗教」と記載された新聞を渡され、それを平気で使うスタッフの神経はどうなっているんでしょう?
あれだけ「宗教ではない」と強調されてきたのに、ここにきて突然「宗教です」と宣言されて何も疑問を感じないのは普通では考えられないことです。これを平気で配布しているスタッフ達は完全に思考停止しているとしか思えません。

こんな見え透いた嘘満載の新聞をばらまいてまで営業を再開させるのは、神世界側はよほど収入が激減しているんでしょうね。



【004】
お笑い神世界新聞 投稿者:元スタッフだったことがあります(2009/10/24)

ハハハハハ。やっぱりね。
「詐欺ではないのだと、何とか主張したい」がために、今更「宗教なので信教の自由があり云々」と逃げましたか。神世界側の弁護士もこれが精一杯なのでしょう。
今になって宗教色を強く出した写真を大きく掲載したりなんかして、本当に毎度毎度やること御苦労さんですね。
「私たちの活動はこのように、宗教的な信念に基づいているものなので何も悪くないんです」ってか?(笑)
この新聞は、警察沙汰になったことに対する必死の言い訳新聞だってことがバレバレですよ。ああ白々しい〜。

こんなもので納得してしまう(丸めこまれてしまう)経営者、スタッフ、信者、まだいるんですね。

「ここは宗教ではありません、会社です。」
ついこの前まで、お客様にはそう言えときつく言われていましたし、スタッフだった私自身もそう叩き込まれました。
何度か訝しげに「これって宗教なんじゃないですか?」と質問した私に経営者は、「ここは宗教ではない!」と何度も断言していましたけど。
あれー?話が違いますね。おかしいなあ。

「『宗教ではだめだ。』と教主様がおっしゃったのです!」と、私がいたところの経営者は力説していましたよ。
あれー?おかしいですね。教主さんは言うことがしょっちゅう変わりますね。

「新規のお客さんには、神様という言葉を使わないように。」(=宗教と勘違いされないように気をつけろ、宗教色を出すな)
その方がお客様のためにも神様のためにも自分のためにもなるからそのように言えと指導を受けて、そのようにしてきましたけど。
「ここは宗教ではない。宗教だと勘違いされないように。」と、新規のお客様や、通い始めて間もないお客様がいらっしゃる時には、観音様の絵を慌てて片付けるように指示出されましたけど。
なーんだ、やっぱりその時々で都合のいいように変えてるだけなんですね。

当時本気で神様を信じ、「最初から神様ときちんと説明した方が、そういうものを求めている方にはすんなり受け入れられるから、その方がいいのではないでしょうか?」と提案した私に、某女性経営者は「宗教色を出したらダメなの!!」と、言ってましたけど。おかしいなあ。

神様慣れしていないお客様がいらしたら、「御玉串」「御祈願」「お取次ぎ御礼」と書かれた封筒類を下げるように言われていましたけど。
そのように指導を出した経営者は、当時は「宗教色を隠して営業し、入口を広くしてより多くの女性を囲い込み、不安を煽りあらゆる言葉を巧みに使って金銭を上納させ、経営者が利益を上げる」ことが最大の目的だったわけで、決して宗教的信念に基づいて人々に安らぎを与えています、良いものを提供しています、ではなかったことは明らかです。

一時某経営者が住んでいた某高級マンション(営業不可の場所を偽って借りていた)では、大事な大事な御神体を、清掃等の業者が入るときには慌てて全て隠し、しまい込んでいましたよ。それって宗教的なことをしているのが知られると困るから、だったのですよね。当時はこんな新聞を出すなんてご法度。そういえばネットで騒がれ始めた頃、全ての印刷物の配布を止めろとのお達しがありましたね。これも教主さんの一声でしたが、今度は言い訳のために開き直って宗教だと居直ってみたり、やっていることが支離滅裂で全く行動が意味不明です。

名前を出しているスタッフやお客さん、お気の毒さま。それが取引になるとでも思っているのでしょうが、行き場のないあなたたちは、ただいいように利用されているだけ。 教主や陽龍が未だにコソコソしてるのに、袴姿で顔を晒している某先生もお気の毒さまです。せいぜい頑張ってください。もう後戻りできない・その道でしか生きられないのでしょうから、どうぞそこで我が道を貫いてくださいな。

とってもわかりやすい言い訳新聞、お笑い新聞です。
久しぶりにわかりやすいバカバカしいものを見せてもらいました。



【003】
新聞 投稿者:ブレイク (2009/10/22)

こそこそ、隠れ教主に質問です。

これは、神様のお許しがあって発行された新聞なのでしょう?

ご霊光の放出されているという「大神力」「観音様」などを地べたに這わせるような仕業の新聞。
印刷所では、ただの印刷物として重ねられ、紐で縛られ、地紋にまで使われ、必要のない人はゴミ箱に捨てるでしょうね。
私なら、グシャグシャに丸めて投げ捨てるわ。

こんな粗末な扱いの新聞を、神様が許されるとは信じられません(笑)

街中でゴミ化している「神世界新聞」を早く見たーーい!



【002】
宗教ではないと言っていたのに 投稿者:soprano(2009/10/21)

神世界新聞の記事を読ませていただきました。

私もサロンに通い始めた早い時期に「ここは宗教?」と尋ねたことがあります。その時の答えははっきりと「いいえ、ここは宗教ではなく会社です」と言われました。
私が誘ってしまった友人も同じことを聞いたことがあり、やはり「宗教ではない」と答えられました。
もしあのとき「宗教です」と言われていたら私も友人もその時点で通うのを止めていました。
それなのに神世界新聞では神世界の活動を「宗教活動」だと書いてあります。

やっぱりあの人達は嘘をついていたんですね。
笑顔で私に「宗教ではない」と答えてくれた人は、いま神世界新聞をどんな気持ちで読んでいるんでしょう。

平気で人を騙すような人達がこんな新聞を出して、また新たな被害者が出るのかと思うと本当に恐いです。



【001】
呆れた! 投稿者:神人失格 (2009/10/21)

民事訴訟との関連で「宗教団体だ」とアピールしているのだろうが、呆れるばかりだ。

残っている客には、「どこかに分類したい世間の観点から言えば、宗教というカテゴリーになる」と論点をずらし、“結果が出れば宗教でも何でもいい”という思考を埋め込まされている人間たちは、主張を変えるその組織のおかしさに疑問を抱くことも、怒りを持つこともない。紙面に自分の名前が明記され、それがどんなに損なことなのか考えることもないのだろう。

肝心の教主はいつからまた「教主」になったのか知らないが、紙面に教主の言葉だと書いてあったとして、顔写真も出さないような組織のトップがどこにあるのだろう。
御霊光を拡めるというのなら、TVに出てアピールした方がよっぽど簡単に宣伝できるというのに、身内で新聞が発行されたと喜んでいるそのレベルが痛々しい。

一問一答には弁護士の名前が明記されていない。
それこそ、弁護士が答えたという証明、根拠がどこにあるのだろう。

スタッフや客の名前は出すけれど、弁護士の名前は出さない。
教主という言葉は出すけれど、顔は出さない。
そんな団体が何を言おうとも信用に値すべきものは何もないし、何の価値もない。

これを配布する人間は、恥ずかしいという気持ちが本当の本当にないのだろうか。
「私は神世界の信者です」と相手の目を見て手渡しできるのか、是非、実践して頂きたい。





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